24.夢から醒めて

 子犬のお墓を作り終わるころには、日が高くのぼっていた。バスも疾うに動きはじめていることだし、一度家に帰ることにする。ミタカはめずらしく、わたしを送って町の入口までやってきた。
 わたしを送り出すミタカが話したのは、たった一言。
「じゃあね、璃子」
 ひらりと手を振り、ミタカは町と外との境界線の内側からわたしを見送っていた。
 《大きな町》に帰るバスに乗りこむと、張り詰めていた糸が切れて、座席に沈みこんでしまった。昨日からこっち、いろんなことがあった。もっと言うなら、夏休暇がはじまってから、いいことも、悪いこともたくさん。でもけっきょくのところ。
 モモさんに会いたくて来た。そしてきのう、それは達成された。
 盛りのころより青みが失せた空を車窓ごしに見上げ、ああ、と気づく。ああ、そうだ、そうなんだ。あしたから、あの町に行く必要はないんだ。
 ――だけど。
 謝りたい、と思った。なあなあになっていたけれど、ミタカに言ったこと、忘れたわけじゃない。そのためにあしたもプラネタリュウムに行く。それから、……プラネタリュウムを直す手伝いをしよう。だって約束した。プラネタリュウムが直ったら見せてもらうって。それに、星だったころ見た恐竜の話も聞く。アンダーソン氏と出会ったときのことも話してもらう。
 わたしは、ミタカのことが知りたい。
 知らないままでいることを、そのまま記憶の墓場に埋葬したくはない。覚えていたい。そう考えるとなんだか全身がむずむずしてきて、バスの歩みがひどくのろくさく思えた。無理にまぶたを閉じて、眠ろうとする。でなければバスを降りて、またあの町に帰っていってしまいそうだった。
 かばんのなかに手帳がないことに気がついたのは、家について。プラネタリュウムに置いてきてしまったようだった。

 翌日、プラネタリュウムを訪れると、ミタカもアンダーソン氏もいなかった。手帳はミタカが見つけていてくれたのか、わかりやすく作業台の上に置かれている。ただ、開いたままだった。ひろい上げて、わたしは目を見開く。
 わたしが書いた二行の詩の下に、使った筆記具も字形もちがう字がもう二行、並んでいた。角ばって、どこかぶかっこうな字。だれが書いたか、なんて。決まっている、ミタカしかいない。
 わたしはじっと、並んだ文字を眺める。

夏に恋したオリオン座
プラネタリュウムに逃げこんだ
熱が冷めたら夢は醒め
真昼の星は見えなくなった

 その日、待てど暮らせどミタカは現れなかった。
 そしてつぎの日も。その、つぎの日も。
 なにげなく言われた「じゃあね」が、手帳に書かれた詩が、長いお別れのあいさつだったと気づいたのは、一週間がたった日の夕暮れどきだった。
 ミタカは、いなくなった。夏が終わるより、すこし早く。

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2014.04.04
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